秋田県湯沢市。栗駒山のふもとに位置する秋の宮温泉郷は、秋田県最古の温泉地として伝えられています。山間の静かな温泉郷では、春には鳥たちの声と土の香りが、夏にはさらさらと流れる役内川の水音と濃い緑の香りが、秋にはカサりと音をたてて落ちる錦色の葉の香りが、そして冬にはすべての音を飲み込むような雪の静寂ときりりとした空気の香りを愉しむことができます。
秋の宮温泉郷で、100年以上の歴史を持つ温泉旅館が「稲住温泉」。ここは、戦時中に武者小路実篤が疎開で逗留し、その様子を「稲住日記」として上梓したことでも知られています。実篤と宿の親交は晩年まで続いたそうで、実篤が80歳のときに宿に送った手紙が、フロントに石碑として飾られています。さらに館内のいたるところに絵画と書、「らいぶらりー 月心」には全集もそろえられており、知的好奇心をくすぐられる設えとなっています。
「らいぶらりー 月心」には、武者小路実篤全集がそろっています
実はこの「稲住温泉」は、大雪による建物の一部倒壊を受け、2014年に閉館。しかしながら、昭和の名建築家が手掛けた貴重な建物であったことや、その由緒正しき歴史を絶やしてはならないとの理由から、(株)共立メンテナンスが買い取り2019年11月にリニューアルオープンを果たしました。
同社販売支配人の菊地裕子さんは「『離れ【天の坐】』の4室は、ひと部屋ごとに設計が異なり、リノベーションする際にはもとの意匠をなるべく活かし、部屋毎の名前もそのまま残すようにしました。これまで何件も専門家の方や愛好家の方々が尋ねに来られましたよ」と教えてくれました。
昭和の名建築家が手掛けた意匠が残る離れの部屋
昔ながらの日本家屋で広々とした設計であることに加え、2022年1現在は全49室のところを約30室に減らして密を避けていることから「“お籠り”のお客さまには大変ご好評をいただいております。離れのお部屋にはそれぞれ露天風呂もついておりますし、大浴場も広々としていて密になりにくいことから、県内のお客さまを中心にご滞在いただいています。お湯は源泉かけ流しで、無色透明の柔らかな泉質です。湯あたりしにくいので、四季折々の景色を楽しみながら、ゆったり楽しんでいただきたいです」と話します。
プライバシーに配慮された食事処では、朝晩ともに、秋田の旬の食材を活かしたお料理が卓を飾ります。初泊の夕餉には、前菜、椀、お造り、焼き物、鍋、そして「心ばかり」と名付けられた5品から、好きなだけ選ぶことができる、ボリュームたっぷりの和会席を提供。
料理長の高谷誠一さん。秋田に来てから日本酒が大好きになったそう
料理長の高谷誠一さんは「山の中の旅館ではありますが、お造りも鮮度のよいものをご用意しています。海のものはもちろん、冬はこの地域でよく食されている寒鯉、夏には鱒と山ならではのお魚も提供させていただいており、お客さまからはご好評いただいております。また、焼き物でお召し上がりいただく由利牛は、最近秋田県が力を入れている食材のひとつで、すっきりとした脂身と肉の旨味がしっかりとしているのが特長です。鍋は3種類ご用意しておりまして、定番のしょっつる、きりたんぽ、そして季節のものとして冬には八幡豚のしゃぶしゃぶからお選びいただけます」と話します。
由利牛の焼き物には、すっきりとした「真人」をマリアージュ
これらのメインとなるメニューに合わせて、料飲マネージャーの小林怜欧人さんが選んでくれたのが、横手市の老舗酒蔵・日の丸酒造の「真人」。真人山山麓で育てられた美山錦を精米歩合55%まで磨き、昔ながらの生酛づくりで仕込んだ純米酒です。
小林さんは「このお酒は、燗でも冷でもおいしくいただけるお酒で、お肉やお魚の脂をすっきりと流してくれる、まさに食中酒にぴったりの1本となっています。お造り、焼き物、お鍋と合わせてぜひ召し上がっていただきたいです」と話します。
大人気の新政酒造の「Colors」は、前菜の「いぶりがっこチーズ」との相性が抜群です
そして、前菜の中の一品である「いぶりがっこチーズ」やそのほか「心づくし」の品々と一緒に、と選んでくれたのが、いまや日本全国に熱狂的ファンを持ち、最も入手困難な日本酒として知られる「No.6ナンバーシックス」を生み出した新政酒造の「Colorsカラーズ」。これは、秋田の酒米の個性を楽しむ火入れシリーズで改良信交、美山錦、酒こまちなどの酒米をそれぞれの特徴を活かす精米歩合で磨き、新政酒造のオリジナルである6号酵母のポテンシャルを最大限に引き出すよう醸されているもの。
既述の通り、「No.6」をはじめ入手困難なことで知られる新政酒造のお酒ですが、この「Colors」に惚れ込んだ小林さんは、「お客さまにもぜひ召し上がっていただきたい」との一心で、2年間地元の酒屋さんに通って信頼関係を築き、やっと宿で提供できるようになりました。今では、このお酒を目的に宿泊するリピーターもいるまでになったそうです。
稲住温泉スタッフのみなさん。おもてなしの心と笑顔で、ゲストを迎えます
稲住温泉では、6種ある「Colors」うち「Cosmosコスモス–秋櫻–」「Lapis Lazuliラピス–瑠璃–」「Ecruエクリュ–生成–」を用意。小林さんは「コスモスは、香りの華やかなお酒で、ワイングラスで召し上がっていただくとその香りをより深く味わっていただけます。ラピスは端正な味わいの微炭酸で、すっきり召し上がっていただけるお酒です。エクリュは清々しい味わいで飲み心地がとてもいいお酒。当館では、3種の飲み比べもご用意していますので、ぜひお客さまご自身でお好みを見つけていただけたらと思います。また、このほかにも希少価値の高いお酒をご用意しておりますので、ぜひお声がけください」と話してくれました。
料理長の高谷さんはこう話します。「私が料理をつくるときに何より大切にしているのは、お客さまに対する感謝の気持ちです。感謝の気持ちがあると、自然に見た目も味もよくなるものです。当館では、ゆっくり時間をかけて、お料理とお酒を愉しんでいただけたらと思います」。
文人が愛した由緒ある旅館で、お客さまを想う心づくしのお料理とお酒で、特別な時間を過ごしてはいかがでしょうか。
歴史ある稲住温泉で、極上の時間を過ごしては
稲住温泉でゆったり過ごした翌日は、少し車を走らせて小安峡へ。岩づたいの階段を降りて遊歩道を進むと、シューッ!シューッ!と音を立てて熱湯と蒸気が噴出する小安峡一の名所、「大噴湯」にたどり着きます。そして、ランチには湯沢市内中心部まで足を延ばして、秋田名物の稲庭うどんに舌鼓を。四季折々の景観を堪能できる秋の宮温泉郷ですが、栗駒山の紅葉が圧倒的な美しさを魅せる秋は特におすすめ。ぜひ、雄大な自然と旬の食、酒で極上の時間を過ごしてください。