仙台の中心部・錦町公園に程近い国道45号線沿いにある「日仏食堂ラトリエ・ドゥ・ヴィーブル」。赤いシェードが目印のこじんまりしたお店です。県産食材をふんだんに使ったフレンチを気軽に楽しめると人気で、地産地消に熱い思いを持つオーナーシェフの吉田勝信さんとの会話を目当てに訪れる人も多いとか。2012年3月のオープンから10年。これまでを振り返りながら料理への思いを伺いました。
「今朝は、鳴瀬牡蠣の収穫の現場に行ってきたんですよ」と吉田さん。前の晩に海の状態が良いからと生産者から誘われ、シェフ仲間と一緒に急遽明け方の海の作業を見てきたとか。取材の少し前に東松島から戻ったばかりなのに疲れを見せるどころか、イキイキとした表情。生きのいい現場に触れてきたからでしょうか。
オープン当初から、「地元のいい食材と生産者の思いをフレンチで表現して伝えるのが役目」と、生産者との繋がりを大事にしてきました。現場を訪ね、食材や人柄までも深く知ろうとするのは、調理のヒントになるだけでなく、食べる人にも背景を共有したいと思いから。料理に添える情報は、「目の前の一皿がよりおいしくなるスパイスのようなものなんです」(吉田さん)
個人の店で自ら足を運びながら仕入れ先を開拓するのは簡単なことではないと想像できますが、「今は1年を通して、ほとんどの食材が人柄までを知る生産者さんのものです」とにこにこ。思いが形になってきたのを実感しているそうです。
ソムリエや酒ディプロマ(日本酒資格)も持つ吉田さん。勉強熱心
大崎市(古川)出身の吉田さんは高校卒業後、「コックコートに憧れて」大阪の辻調理専門学校(当時)でフレンチを学びました。レストランを多店舗展開する株式会社かめいあんじゅ(本社・大阪)に入社、同社のモットー「全員経営」による経営の視点も学びながら大阪や神戸の各店で腕を磨きます。仙台でのシェフとしてのスタートは18年前、29歳の時。国分町のワインバー「ル・パサージュ」(現在は閉店)で、ワインに合わせクラシックなスタイルのフレンチを提供。そして独立前に働いた炭火調理の店「チャコールバルJu(ジュ)」(仙台市青葉区)での経験が、吉田さんの地元の食材に対する意識を変えました。
「本場の味を再現する輸入食材や手の込んだソース使いが決め手のフレンチを手掛けてきたので、最初は『焼くだけ』の調理に抵抗がありました。でも同じズッキーニでも明らかに味が違うものがあって…。シンプルだからこそ素材そのものに注目するようになり、誰がどんな風に作ったのか、背景を大事に思うようになったんです」
関西での修行時代に教えられた「食べる人に価値ある料理」へ、自分なりの答えを得て、今の店のオープンに至りました。
ある日のラトリエ・ドゥ・ヴィーブルの一皿を紹介。旬にぜひ食べたい牡蠣は常連さんの間で「例のアレ」で通じる看板メニュー「ヴィーブルスタイル」で。鮮度抜群の生牡蠣を華やかな香りのフランボアーズビネガーでさっとマリネし、生クリーム、ベルギーエシャロットのマリネ、最後にディルをのせていただきます。吉田さんお薦めの鳴瀬牡蠣(東松島市)は、小ぶりながらぷっくりした身で濃厚な旨味と磯の香りが広がるブランド牡蠣。鳴瀬川から運ばれる栄養豊富な静かな内湾と、潮の流れが強い外湾の二か所で手を掛けて育てています。
鳴瀬牡蠣のヴィーブルスタイル。生クリームはマリネの酸味と牡蠣の旨味のまろやかな繋ぎ役
もう一品は、「自然薯のフリットとしいたけのアイスクリーム」。すりおろした自然薯を揚げたフリットは、もちもちの食感の中に海苔やセリの風味が広がり食欲をそそります。乾燥しいたけを使ったアイスクリームは、熱々のフリットのソースとしてもぴったり。
それぞれの食材は、自然薯は栗原市花山の特産品、東松島のバラ海苔、名取市の「三浦さんのセリ」、栗原市花山の中村さんの乾燥しいたけ。もちろんここにいろいろなストーリーが詰まっているので、ぜひカウンターでお酒を飲みながら聞いてみてください。
フリットに添えているのはこの時期旨味が凝縮したセリの根。オリーブオイルと塩でぱりっと焼いてシンプルに
合わせて飲みたいお酒は、「磯の香りに合う」(吉田さん)という秋保ワイナリー(仙台市青葉区)の「デラウエア2020 ペティアン」。まだ青いデラウエアの酸を生かした心地よいキレのある微発泡のスパークリングです。吉田さんはもちろん、秋保ワイナリーにも足を運び、時に栽培の手伝いをするなど現場も体験しています。
ペティアン(微発泡)の軽快さと、キリっと心地よい酸が口内をリセット。次のひと口が進む
また、吉田さん自身も日本酒好きとあって、メニューには宮城の日本酒を必ず置いています。蔵元とのコラボイベントも行っており、「乾坤一」で知られる大沼酒造(柴田郡村田町)との「乾坤一を楽しむ会」は、村田産食材を使った料理とお酒で、造り手にスポットを当てながら、風土も感じてもらうテロワージュの会でした。吉田さんは、「蔵元さんとメニューを組み立てる中で、互いに新しい気づきがあるんです。お客さんにも体験してもらい、食の楽しさを広げていきたい」と思いを語ります。
熟成させた深みとまろやかさのある「乾坤一 純米吟醸原酒 28BY」。ペアリングは熟成酒と相性のいいチョコレートをはじめ、大郷の放牧牛の牛乳を使ったヨーグルトのソルベ、イチゴ3種(フレッシュなもの、マリネしたもの、ドライにしたもの)の「パフェ仕立て」
生きることや暮らしを創造する場でありたい。店名にも思いがこもる
楽しく取り組んでいるように見える吉田さんですが、ふと「料理をしていて、命について考えるんです」。「20歳の時、神戸で阪神大震災を経験しました。住んでいた木造アパートの1階では、倒壊によって多くの人が亡くなりました。自分はその夜、偶然が重なって部屋にいなかったので助かったんです。亡くなった仕事仲間のこと、特に厳しくも温かく仕事を教えてくれた上司のシェフのことを思うたび、なぜ自分は助かったのか。長いこと答えの出ない思いを抱えていました」
東日本大震災を経て思いを強めながら、「誰かとのほんの小さな関わりで運命が変わることがあるんですよね。声を掛けてくれたり、手を差し伸べてくれたりした人のおかげでこれまでやってこれたと思っています」と振り返ります。
食べることは生きること。そして命をいただくこと。食材への向き合い方も、その向こうにいる人と関わる熱意ある行動も、人に支えてもらった感謝の気持ちが原点。「仕事は恩返しみたいなもの」と前を向きます。
コロナ禍で再び「食」への意識が向けられる中、生産者と繋がり、地元の食材を生かしたいという仲間が増えてきたそう。食材をまとめて購入して分け合ったり、一緒に訪ねて交流を持ったり。生産者とシェフ同士の自発的で継続的な交流が始まっています。
「復興からもコロナの影響からも、本当の意味でみんなで良くなっていきたいですね」と話す吉田さんたちは、これからの宮城の食にひとつの新しいスタイルを生みだしてくれるのかもしれません。